新建築「住宅特集」2009.06 掲載

メディア掲載

「楓燕居」をたずねて 川口通正建築研究所

「囲まれすぎない外部の気持ち良い空間をどうつくり込むか」という自らのテーマに川口さんは見事にこたえ、それ以上の、五感に心地よい空間を生み出した。家全体が中庭を中心に見事なハーモニーを奏でている。
街並みに配慮した前庭は、高木、中木、低木、下草、石がうまく組み合わされて奥行きを感じさせ、その木々の陰に隠れるように立つ壁を廻り込んで、入口から屋敷内に入る。そこは屋根の架かった、回廊が中庭を囲み、外に面した壁の格子から風の抜ける半戸外の空間。座敷の前を通り、玄関に着くと、広い屋敷の門をくぐり、前庭の敷石を伝いやっと玄関に辿り着いたかのような気分になる。
「楓燕居」は建物と壁によって囲われているが、外からはほとんど中が見えず、中からは外がよく見える格子を上手く配置し、屋根のある外部、座敷の窓、縁台、居間の窓に濡縁と、中庭回りに変化をつけることで視線を通し、風を通し、囲われていることを忘れてしまう。誌面でプランを拝見し、空間を思い描いて、それとデータにある面積とのギャップに驚いたが、実際に訪ねてみてもその思いは変わらず、空間の不思議を感じた。
室内は中庭や借景に向かって開かれ、気持ちの良い景色だけが目に映る。そのうえ、調度品、生活用品はこの家のために作られたかのようにそれぞれの場所に納まっている。来訪者のために片付けられたのではなく、普段のままでである。建主のもち物を把握し、上手に収めた建築家の腕もさることながら、建主夫妻の「暮らしのセンスの良さ」を感じた。美しく心地よい居間で、庭で摘み取られたミントティーをいただきながら、また木のテーブルと椅子が置かれた回廊の居間から、樹木、下草、灯篭、蹲いが見事に調和した中庭を眺めていると、楓の若葉を撫でながら、枝の間をそよ風が渡っていくのが見えるかのようだ。心豊かな生活を楽しめるセンスをもつ建主夫妻であったからこそ、建築家の才能が充分に発揮されたように思う。
住宅として決して大きくはないが、座敷とロフトと図書室がある。座敷は茶室の二畳台目くらいの広さである。二面に窓があり、縁台と中庭の方に視線は抜けるのだが、一度玄関を渡って座敷に入ることもあり、庭につくられた茶室にいるかのような非日常を感じる。ロフトは図書室から階段を上ったところにあり、頭を打つ高さであるが、床に座ると、びっしり周りに並べられた本を読むのにちょうどよい。子供の頃に帰ったような気分になり、冒険小説の主人公になって、空想の世界に飛び出しそうだ。
限られた広さの中で、必ずしも必要ではない空間がつくられる意味は大きいと思う。大人は童心にかえって心が軽くなり、子供は想像力を養うのではないだろうか。
はじめて訪れた家とは思えず、時間を忘れて空間の心地よさに浸ってしまった。「楓燕居」に住む人、訪れる人のために心を尽くした設計が、豊かな空間を生み出したのだと思う。