新建築「住宅特集」2009.08 掲載

メディア掲載

「愛宕の山荘」をたずねて 武富 恭美/d/dt Arch.

軽井沢銀座からほど近いところに車が一台がやっと通れるほどの小道がある。両側に積まれた石は苔むしており、別荘が点在している。その中のひとつ、木立の中に美しく佇むのが「愛宕の山荘」である。隣家が気にならないように、また木立と苔の美しい庭を部屋から眺められ、斜め向かいの家の庭越しに離山を望めるように、建物は少し道路側に振って敷地奥に配置されている。
ピロティに迎えられてパブリックスペースへと入る。そこは庭に面して開放され、柱も木立のように庭へとつながり、木立は部屋のようで、部屋は庭のような空間である。苔と木々がお互いの美しさを強調しあいながら眼前に迫ってくる。何ともいえないほど庭が活かされている。天井まであるガラス面に、幹のような柱が立ち並ぶことによって、かえってガラスの存在をなくし、パブリックスペースも木立の一部であるかのような感覚を与えている。室町時代の民家の遺構に見られるように外壁面だけでなく、半間内側にも上屋柱を立てなければならなかった頃と違って技術は進歩し、柱をなくせるようになった。でも古事記の国生みに登場する柱のように、拠り所としての柱の記憶は大昔から引き継がれ、柱への憧憬となって私たちの中に残っているような気がする。
プランを見ていて、縦格子戸が目に留まり、先を越されたと思ったことがある。昔からある1本溝の雨戸の合理性が気に入っていて、いつかこれを現代住宅に取り入れたいと思っていた。ここでは戸袋も内側に納め、見栄えも見事に解決している。道路からの視線を柔らかく遮り、留守の時の防犯性も備えている。この戸を閉めると格子の美しさから隣の家が気にならず、梢と空が迫ってくるようである。パブリックスペースはその空間のプロポーション、素材、色彩などそれぞれのバランス、壁面の階段や背面に浮かんだライブラリーによって調和の取れた、とても気持ちのよい空間に仕上がっている。
外壁の焼杉板はリビングにも回り込み、その壁面に設置された階段を2階へと上がると、そこは余暇を楽しめるライブラリーである。リビングに面して机が設けられ、椅子に座ると庭を見下ろせる。設計者の意図どおり、望楼にあがったような、リビングも外の木立と一緒になって庭となり、ライブラリーは庭に浮かんでいるのである。お蔭で余計に読書も楽しくなるスペースである。
プライベートスペースはツリーハウスのように空中に浮いている。ツリーハウスと聞くと、わくわくするような秘密めいた部屋を想像するが、寝室は天井高も広さも心地の良く最小限度まで抑えられ、一面を切り取る腰のある窓からは、梢を眺めることができる。
プランはコンパクトにまとめられているが、そこに込められた物語により「愛宕の山荘」は多様な空間を内包している。そのような内部空間と、四季折々に変化する自然とが織り成す空間は、いつ訪れてもすばらしく、楽しい山荘になっている。