新建築「住宅特集」2009.11 掲載

メディア掲載

キッチンと食卓

2009.10月号の特集「地域性と家」は、記事も作品も読み応えがありました。特にメールディスカッションは興味深く、参加者の方の選定もよかったこともあり、いろいろな地域での建築家の掘り下げた考えが述べられていて、地域性に応える住宅のあり方が浮き彫りになっていました。濱田修さんの「地域性を取り入れるためには、気候に向き合い建築的な方法で対応することが必要で、そうすると形態に特徴が生まれ、地域性がよいかたちで現れる。」「住宅が地域社会に影響を及ぼせるのは、取り次ぎ動線を含めた配置とエクステリアです。・・・敷地の狭い都市部においても、何がしかの試みをしていくべきで、そのことがさまざまな社会問題の根源にある、人間関係の希薄さを解消することにつながるのではないでしょうか。・・」という意見が印象に残りました。
地元の材料を用い、地域の職人がその地域で培われた建て方で住宅を建てていた頃は、気候風土、生業、材料などの違いによってそれぞれの地域の特色をもつ家が、地域独特の景観をつくっていました。あらゆる建築技術が全国に行き渡り、材料も何でも手に入れられる現代において、地域性に応えることは、気候風土とその地域の文化に応えることだと思います。末広香織さんが、九州の伝統的な農村にある開放的で融通無碍な生活を現代住宅に生かされているのは、これらに応えて独自の形態を生み出しておられると思いました。また、長坂大さんは、「淡路島の家」で淡路島の民家独特の部分を残しながら、特にツシが魅力的な空間となっています。
連載「スケール&ディテール」のテーマはキッチンの寸法でした。これまでに発表された建築家による独創性のあるキッチンが項目に合わせていくつか紹介されており、貴重な資料で参考になります。キッチンを見ることからそこに住む人の生活に対する考え方が見えるのではないか、という目線で事例を見ました。
生活の基本として衣食住が挙げられます。衣も住もデザインされたものが豊富に揃うようになりましたが、商品住宅でなく建築家のデザインによる住宅に軍配をあげるなら、食も美しくデザインされる必要があります。それは新鮮な材料バランスよく用い、おいしく、身体にもよい手づくりの食べ物を食べることだと考えます。昆布と鰹で出汁を取り、梅干しや味噌、漬け物も手づくりし、乾物などの食材もストックして・・・という食生活ではキッチンにはいろんな物が溢れ、そこから解放されて、ゆっくり食卓で食事をいただきたいと思うでしょう。
料理もつくることですから、たとえばケーキのスポンジがふっくら格好よく焼き上がった時には、とても嬉しいものです。ホイップした生クリームの残りを期待して子供たちがキッチンにやってくるのも、料理の楽しみの一部です。そして食事をおいしくいただき、その後もいつまでも食卓を離れず、皆でおしゃべりをするという楽しい時間が昔はありました。このような食事が普通だったので、キッチンカウンターとは別の食卓で食事をしていましたが、現代のように生活が多様化し、食事の生活における重要度が低下すると、食事をつくる時間も食べる時間も短縮されることになります。ゆっくりと食事ができる上質の食卓、これがあれば食生活を軽視して良いのかという思いが湧き,個々の食生活そのものが見直されるのではないでしょうか。