新建築「住宅特集」2010.04 掲載

メディア掲載

「南が丘の山荘」 益子義弘/益子アトリエ

誌上で拝見している時から、益子さんの住宅には「心のやすらぎ」が感じられた。この空間に居るときっと心が穏やかになるのではないか、それはどうしてなのだろうか、と以前から思っていた。幸運にも「南が丘の山荘」を訪れる機会を得た。
敷地に近付くとカラマツの林の中に格子の美しい妻面が現れ、玄関は何気なく建物に取り付いている。廊下から広間に入るとスクッとカラマツが立ち並ぶ雪景色が目の前に広がる。きれいだ。その景色は私の心の中まで入ってきて、それまでの悩みなどを一掃し、清々しい気持ちにしてくれる。「ただ空間を外に開くことは簡単だけれど、安心な支えがなければ心の視界は開かれない」と記事にあったが、このことを身をもって理解した。広間の開口は物入れと壁による背後の厚みで守られている。「ぼくらはぼくらの現実から思考し自分たちの生活の根や自然に照らして建築のありかを探せばよい。」(建築への思索―場所を紡ぐ)という益子さんの建築をつくる姿勢から安心は紡ぎ出されている。人間ひいてはその元である自然への深い洞察があり、生活の根が把握されている。景色に対して心を開き、気持ちをまっさらにして明日への一歩を踏み出せる家だと思う。
この山荘は決して大きくはないが、プランの工夫によって空間に広がりが感じられる。部屋の高さ、長さ、大きさ、素材、色、形、ディテール、これら全てが調和し、平安が生まれている。益子さんによると目に見えない空気の流れや目障りなものがないことも関係あるそうだ。床暖房がなされ、断熱気密の木製建具が嵌るが、暖炉も下部に空気孔を取り付けることで人に直接当たることなく新鮮な空気を取り入れ、燃やすことができている。高断熱、高気密の息苦しさはない。デザインも調和が取れて美しく、すべてが何気なく自然にある。それでいて上品な作風はやはり建築家本人の人格によるところも大きく、これは誰にでもつくり出せる空間ではないと思う。このような空間が結晶のように生まれてくるには、ご本人の今までの生き方と、連綿とした地道な思索や作業の膨大な積み重ねがあってこそだと感じる。
格子が嵌って目立たない風取り窓、台所で作業しながら見る林、寝室の照明、ここがこうなっていたらよかったのに、と思うところはなく、中にいる人の気持ちに家は寄り添ってくる。南の大きな開口部には雨戸、網戸、ガラス戸、簾、障子が設けられ、時に応じて光と景色を調節して味わうことができる。ディテールはしっかり納められているのだが、何気なくある。
この山荘の建主が、益子作品の美意識に共感できる画家であることも頷ける。誠にこの家にふさわしいご家族である。現在、設計時にはできなかった南からのアプローチが検討されている。カラマツの林の中をこのどこから見ても美しい山荘を眺めながら近づいていくのは楽しいに違いない。