新建築「住宅特集」2010.09 掲載

メディア掲載

 

歴史のある建物の改修

建物が100年近く生き続ける間にはいろいろなことが起こります。それらの障害を乗り越えて幸運にも残ることができた建物は、先人の知恵や思想を学び、実感できる数少ない遺産です。特に子供達は古い家を訪れることによって,現代の家にはない歴史を肌で感じて様々なメッセージを受け取り、人格形成にも影響を受けるのではないかと思っています。子供の頃田舎に帰るとあった、古い家が新しく建て替えられると、先祖代々続いたその家の歴史は記憶だけのものとなり,肌で感じることができないのはとても寂しく感じます。たとえば将来孫が、自分が生まれて来るまでにはたくさんの先祖がいたことを昔からある家を通じて実感できるのと、言葉で聞くだけなのとでは、大きな違いがあります。そういった時にある部分は変わっていても、元の建物の大事な部分が残されて改修されるということは、とても大きな意味をもつことだと思います。
 歴史のある建物のうち国宝や重要文化財、都道府県、市町村指定文化財は文化財建造物修理技術者といわれる人たちによって修理されてきましたが、平成8年に国の登録有形文化財制度ができた影響もあり、古い建物を現代に生かすことが見直され、建築家が古い建物に関わる機会が増えてきています。どちらかというと展示物のような指定文化財と違って,登録文化財も含めた一般の古い建物の修理は何かの用途で使うことが多く、何を大切にして残し、どこを変えるかという設計方針が重要な意味をもっています。
8月号の特集「時間を織り込む設計 残すものと変えるもの-住宅の増改築」には歴史のある建物が四棟あります。「平和台の民家」「野田の家」「美原の農家」「OKA MASAKAZU HOUSE」で、いずれも元の建物の重要な要素を大切に残しながらこれからも住み続けることができるように設計がなされています。古い建物を建築家の個性で再生し、その建築家の作品にする事例も見受けられますが、やはり元の建物の持っている価値を尊重し、その時代の空間特性や技術など次世代に引き継ぐことができるように、元の建物をできる限り残すべきだと考えます。「美原の農家」の大野さんもおっしゃっていますが、「建築家気質でデザインの挑戦を果たすのではなく……」ということが、歴史的建物を扱う鉄則だと思います。現在の私たちの前には積み重なる先人達の歩みが込められた遺産である建物があり、その歴史に敬意を表せずして,創造はあり得ないのではないでしょか。歴史を残すために建築家の個性を押抑えてデザインすることもあってよいのではないかと思いますし、できる限りのことをして、古い建物を次代に引き継ぐべきだと考えています。建て替えたいという建主の要望に対してリノベーションを提案したという渡谷さんの建築家の姿勢は立派だと思います(「野田の家」)。
 上記四軒のうち三軒については構造体の検討がなされています。改修後100年と考えると、改修時に構造補強をしてから仕上げていくというのが妥当ではないでしょうか。その場合にはやはり元の建物の構法に合う補強の方法が評価されるべきだと思っています。筋交いを入れず横格子壁で補強した下山さんの構造設計は構造的にもデザイン面でも伝統的構法に似合う補強方法です。歴史のある建物の修理に建築家が関わり、現況をできる限り残しながら、また100年を住み継ぐことができるような改修や改築を願っています。