新建築「住宅特集」2011.03 掲載

メディア掲載

プロダクト化の可能性

本誌2月号の特集「小さな家」の中で中村好文さんの「Lemm Hut」が目を引きました。それは、ライフラインにつながれていない住まいと暮らしの提案で、エネルギーを自給自足することが可能になったら、それこそ本当の「文化住宅」と呼べるのではないか、というものです。人類の原点を考えて住まいを設計する中村さんの視点は、住宅の設計のうえでとても大切なことだと思いました。現状では各住戸の排出物も配管や車で遠くまで運んで、多くのエネルギーや水を使って処理していますが、余計なエネルギー消費と人件費を減らし、地球への負荷を少しでも少なくするために、各々がコンポストや浄化槽を設備して処理するべきではないかと思っています。
 建築家が設計したプロダクトハウスをインターネットで販売しようというプロジェクト「小さな家。計画」は、実現すればとても魅力的です。現在の住宅地を眺めてみると、大部分を占めるハウスメーカーの住宅が、住宅地の景観を作っていると言っても過言ではなく、それらが建築家設計のプロダクト化により小さくつくられ、余白の庭に木が植わっていけば、随分景観がよくなることが予想されます。また図面を確定することで、それら全てが国産材で賄われれば、荒れ果てた日本の森林再生に影響を与えることも期待できます。ただ、住宅の作り方のひとつのあり方として、プロダクト化によりどこまでレベルを落とさずにつくれるか、図面を詳細に描いたとしても、敷地条件や工務店の技術レベルは千差万別であり、施工しやすいように設計者の意図を無視して施工されることはないかどうか、施工中に起こる出来事に対処する方法など、このあたりをどう解決するかという問題が残ります。
 建築家は住宅を建てる環境や建主から様々な影響を受けながら設計しています。東西南北に長い日本列島にあっては、どの地方に建つかによって気候・風土に差があり、敷地条件もさまざまです。図面を確定するには、普遍性を求めるがゆえに周りの環境から切り離された建物にならざるを得ません。標準設計の住宅がどの地方であろうと、どんな敷地であろうと建っていくことを許せるのかどうかということになると、風土に根ざした住宅を設計したいと考えている人たちは参加することができないでしょう。しかしプロダクト化によって、抑えられた価格と、それを生産する企業の利益を合わせたものが、同レベルの住宅をひとつずつ手作りするより遙かに安価であるなら、建築家が設計する自分だけの家にこだわらない人たちの需要を促し、現状の大部分を占める家よりも良質の住宅に多くの人が住めるようになるという意味で、とても意義深いプロジェクトだと思います。
 プロダクトハウスは施工側と組んで進められるため、少なくとも設計料の一部は施工費に含まれてしまいます。通常、設計監理料は独立しているので、建主のために施工者に厳しく指示を出すことができます。建主の側に立って施工者に対して物をいう、建築家の職能は守らなければならないと思います。時代と共に昔の建築家像は解体し、多様化の道を進むのかもしれませんが、建築家の基本精神は見失わないようにしたいものです。