新建築「住宅特集」2011.04 掲載

メディア掲載

「金沢八景の家」 八木佐千子/NASCA

金沢八景はかつての景勝地であったそうだが、駅周辺はごく普通の町並みが続いている。そんな中を金沢八景駅から歩いて10分ほど行くと、閑静なお寺がある。境内には急斜面を持つ小高い山が迫り、その門の向かいに、ご住職の自宅として作られた「金沢八景の家」が人を招き入れるように建っていて、庭に植えられたカワヅザクラや梅が、かわいらしい花で満開になっている。
小さな門から入り、玄関のある庭側に近づくと、板壁とガラス面がすっきりと美しい。ガラス面に通風の機能はなく、風取り窓や玄関ドアが板壁に見える板戸になっている。窓を開けた時はこの板戸が180度回転し、ガラス面にピタリと納まるので、戸を開けている時でも違和感がない。中に入ると空間はおおらかで、心穏やかな暮らしを営めることが想像できる。八木さんが設計した家具と選定された家具も部屋に似合っていて、美しい空間を壊しがちなシックハウス対策のための換気設備も、まったく目に障らない。日頃給気口や換気扇をきれいに納められなくて、「木製建具の隙間から給気しているので、要らないのではないか」、「いつも開けておける小さな窓があれば給気できるのに、どうして給気口でなければいけないのだろう」、と私は思ってしまうが、皆さんはきれいに納めているようだ。建築家にはさまざまな工夫ができるのに、いつの間にかあらゆる方面から法律で細かく規定されるのは何かおかしい。国交省の「建築法体系勉強会」には実務者の委員はいないとの記事があった。実務者の意見も取り入れた法改正を願っているのは、私だけなのだろうか。
庭に植えられたイトヒバとマツを残すためにL字形プランをやめて方形プランとしたそうだ。プランはシンプルだが、庭に開いた1階居室と空に開いた2階居室が豊かな空間を持っている。1階居室の屋根スラブを2階居室に向かって傾斜させたことによって、1階居室は変化に富んだ空間になり、冬の日差しを部屋の奥まで取り込めるので、日中は暖房をつけなくても過ごせる。一方で、それはプライバシーのある2階居室のデッキを作り出した。居室から外を眺めると、空へと伸びたデッキのおかげで、空に近付いた気がする。外に出てデッキに寝転んだ。真っ青な空がとてもきれいで、気持ちがよい。傾斜角度がちょうどよく、どこからも見られないという安心感のせいだろうか。垂直の壁で囲われているわけではないので、外に対しての威圧感もない。
3世代が暮らす住宅として、将来の部屋の組み替えまで配慮されている。シンプルにまとめられたデザインや、木造間仕切りにより自由に変更できる2階居室があることで、住む人が変わっても何世代も大事に使い続けられそうである。外断熱で密に打たれたコンクリートの躯体は、少なくとも100年はもちそうだし、外壁の無垢のスギ板は厚みが30㎜もあるので、塗装をまめにすれば、同じくらい持ちそうだ。構造体が長持ちしても建築の質が高くなければ、80年、100年という歳月に耐えることができないが、「金沢八景の家」は大切にされ、長く生き続けることだろう。